No.029 世界で最も贅沢なディナーセット〜フローラダニカ



デンマークで初めて真正磁器が焼かれたのが1773年頃、デンマークの化学者フランツ・ヘンリック・ミューラーが焼成に成功したことによります。最初はリモージュの土を輸入していましたが、ボーンホルン島で良質のカオリン土が発見されデンマークの磁器生産がより安定的になります。ミューラーによる真正磁器の焼成成功によりジュリアン・マリー王妃をはじめとした王室の援助にて「デンマーク磁器製作所」が開設され、1779年にはデンマーク王室が保有する「王立デンマーク磁器製造所」となります。

 それは王室のための宮廷磁器と当時の王国が競って用いた外交手段、つまり同盟国との友好的な外交に活用する贈答品としての磁器を制作する意味合いと、経済繁栄を重ね合わせ持った磁器製造でした。その中で〜王立時代の最大の代表作が「フローラ ダニカ」です。デンマーク国王クリスチャン7世が同盟国ロシアのエカテリーナ2世への贈り物とも推測されていますが、磁器製造にもっとも遅く参入したデンマークにとって国を挙げての快挙を目指したのではないでしょうか。そのデンマークの花(フルーラ ダニカ)植物図鑑をフレデリック5世の王命により1761年に出版された初版に掲載された2600点の花々をすべて器に描くという試みでしたが製作は1796年エカテリーナ2世崩御により1802点で中断。それらはローゼンボーグ城に引き取られ今でも公式の晩餐会のテーブルを飾っています。

 清楚な色彩で仕上げたフルーラ ダニカは制作当初よりフローラ ダニカの製造は生地を釉薬で焼き固めた後に絵付けを行う上絵付け技法が用いられ、色ごとに最適な温度で焼くため、絵付けによっては5回以上も窯入れを繰り返しながら焼成しました。縁取り飾りをたっぷり重ねられた金彩トリミングの構想。そこにはデンマークの花(フローラ ダニカ)植物図鑑の下絵を描いた画家でもあり製造所に所属していた絵師J・C・バイエルが一人で取り組みますが1790年から12年もの間、不十分な明かりのもとで下絵作業を続けたことにより失明。その後、下絵作業はC・N・ファクソーエが引き継ぎ162個制作した時点でこの壮大な宮廷磁器の製作は中止され最終的には1802点が納められました。今なお魅了される豊かな色調にはバイエルが手掛けた植物への深い愛情と豊かな色彩感覚&大胆な構図からの印象が多くを語っています。

 現代のフローラ ダニカはお料理との調和を考え、当初の作成時よりも淡い色合いに仕上げているとのことですが「世界一贅沢なディナーセット」として讃えられているフローラ ダニカに描かれる植物の絵付けはバイエルが手掛けたオリジナル原型を使用し手作業で一筆一筆、大部分が女性のペインターにより自国の誇りと花を愛する心のこもった美しいフローラ ダニカの絵付けを仕上げています。

 デンマークの王権波乱から立憲君主制へと長い時が流れる中、それまでお城に眠るように忘れ去られていたフローラ ダニカに突然の光が射し込みます。それはデンマーク王女アレクサンドラと英国王エドワード7世の結婚を機にオリジナルの原型を使用し復刻品ディナーセットを製作。現在も英国女王の所蔵する陶磁器の一つとされていますが、クリスチャン7世の頃デンマークとは海運帝国として友好国であったイギリス。その復縁とも言えます祝宴に相応しい逸話ではないでしょうか。

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